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人名事典

 重要度は高等学校の歴史教育における重要ポイントの目安として乗せてみました。ここでいう教科書は山川出版社の2002年度版の「詳説 世界史」を参考にしています。

 重要度:☆☆☆☆☆   教科書に太字で記述されている人物。
 重要度:☆☆☆☆    教科書に記述されている人物。
 重要度:☆☆☆      教科書の欄外、資料集に記述されている人物。
 重要度:☆☆        資料集などにも滅多に登場しない歴史上の人物。
 重要度:☆         歴史には登場しない作品の中だけの架空のキャラクター。



サラディン (Saladin) (位1169〜1193)
  重要度:☆☆☆☆☆
(クルセイドより)

 アイユーブ朝の初代国王。1187年には十字軍を破りイェルサレムを奪回する。
 1189年、リチャード1世を総司令とした第3回十字軍が侵攻にも耐え抜き、イェルサレムをはじめとする領土を、アイユーブ朝の領土として確定した。
 イェルサレムを占領した第1回十字軍や、第3回十字軍は捕虜を皆殺しにしたが、サラディンは敵の捕虜を全員助けその寛大さで知られる。



ジャンヌ・ド・ラ・モット・ヴァロア (Jeanne de Valois Saint Rmy) (1756〜1791)

 重要度:☆☆
(ベルサイユのバラより)

 首飾り事件の首謀者と思われるフランスの伯爵夫人。通称、ラ・モット夫人。
 首飾りに関わる詐欺で大金を得るも、発覚し終身刑となる。
 その後脱走に成功するも、1791年に精神錯乱の発作により窓から転落し、死亡する。



ジャンヌ・ダルク (Jeanne d'Arc) (1412〜1431)

JEANNE.JPG - 24,091BYTES 重要度:☆☆☆☆☆
(傭兵ピエールより)

 フランスを滅亡の危機から救った救国の英雄。オルレアンの方包囲を破るなど活躍する。
 しかし、イギリス軍の捕虜となったジャンヌは、宗教裁判で異端とされ、1431年処刑される。



ジューリオ・デ・メディチ (1478〜1534)
 FILE0002.JPG - 12,616BYTES 重要度:☆☆☆
(ピルグリム・イエーガーより)

 教皇レオ10世のもとで枢機卿として有能な手腕を発揮。
 1523年、クレメンス7世としてローマ教皇になるり、多くの芸術家のパトロンとして文化的に貢献。
 しかし、ローマ略奪の惨事を招くなど政治手腕を発揮出来ずに終わる。



シュワルナゼ (Eduard Amvrosievich Shevardnadze) (1928〜)
  重要度:☆☆
(パイナップルARMYより)

 ゴルバチョフ時代のソ連で、外務大臣を務めゴルバチョフの右腕として活躍。
 ソ連崩壊後はグルジア国家評議会議長に就任し、1995年には初代大統領となる。
 その後、汚職の蔓延や失業問題などから国民の支持を失い、議会の混乱などから大統領辞任に追い込まれ、ドイツへの亡命を余儀なくされた。



ジョヴァンニ・デ・メディチ (1498〜1526)
 JOBANNI.JPG - 17,222BYTES 重要度:☆☆
(ピルグリム・イエーガーより)

 ルネサンス期の名将で、北イタリアで転戦し活躍する。
 黒い甲冑に身を包み、「ジョヴァンニ・デッレ・バンデ・ネーレ(黒備えのジョヴァンニ)」と呼ばれる。



ジローラモ・サヴォナローラ (Girolamo Savonarola) (1452〜1498)
 SABONA.JPG - 19,723BYTES 重要度:☆☆
(ピルグリム・イエーガーより)

 ドミニコ会の修道士。メディチ家の追放後フィレンツェで共和国の政治顧問となり、神権政治を行った。
 1498年拘束され、裁判の結果絞首刑ののち火刑に処された。遺骨はアルノ川に捨てられた。



ジル・ドゥ・レ (Gilles de Rais) (1404〜1440)
 JILL.JPG - 7,373BYTES 重要度:☆☆
(傭兵ピエールより)

 フランスブルターニュ地方ナントの貴族であり、百年戦争のオルレアンの戦いにおいてジャンヌ・ダルクに協力。
 しかし、ジャンヌが火刑になると精神を病み、少年少女を居城マシュクール城に拉致して虐殺を行い、黒魔術に傾倒したため、捕らえられ火刑となった。



スタニスワフ2世 (Stanisaw U) (1732〜1795)
  重要度:☆☆☆
(女帝エカテリーナより)

 かつて愛人であったロシアのエカチェリーナ2世の後押しをうけ、ポーランド国王となる。
 しかし、1795年の第3次ポーランド分割によりポーランド王国は消滅し、退位した。



セネカ (Seneca) (前4頃〜65)
  重要度:☆☆☆☆
(暗黒拳闘伝セスタスより)

 ローマの哲学者。皇帝ネロの家庭教師を務める。
 皇帝即位後は政策の助言を行うが、のちネロから死を命じられ、自殺する。